竜とそばかすの姫【千文字レビュー】

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サイバースペース上の仮想現実、ジブリ系譜のファンタジー、日本の牧歌的田舎風景を混ぜ合わせる。これまでの細田守作品で描かれてきた要素を全て詰め合わせた集大成、あるいは幕の内弁当。それが『竜とそばかすの姫』だ。実験的内容だった『未来のミライ』の次作ということで「次はホームランを打つ」という意思が透けて見える。

 

その目論見通り、幕の内弁当要素に加えて、露骨な『美女と野獣』オマージュの歌劇仕立てになっており、いかにも「売れそう」な作品へと仕上がっている。

もちろん作品としての質も高い。中でも演出という点においては突出している。「アニメーションであること」と紐付いた演出こそ細田守最大の強みだ。例えば現実と仮想現実を二次元アニメと3DCGアニメの描き分け、その二つの世界を統合するところまで見せる。しかもその統合は物語とも呼応する。のだ。アニメーターとしてのスタンスと演出的要件が高水準で一致する。だからこそクライマックスにかけては文句なしに素晴らしく、アニメ演出家としての細田守がいかに剛腕か堪能できる。

それと、個人的には高校生の日常的な会話にこそ細田守の真髄がある気がする。今作も高校生たちの日常描写からこそ魅力が溢れている。

 

 

だが別の側面から見ると残念に見えてしまうというのが細田作品が一筋縄ではいかないところだ。細田守は演出家としては素晴らしいが、脚本家としては凡庸と言わざるを得ない。物語の核心へと接近していくクライマックス付近は演出も相まって見てられるのだが、前半ははっきり言って退屈だ。

色々と引っかかる点が多い話なのだが、最大の問題は「U」という仮想現実の在り方についてだろう。「U」がプログラムである以上そこには必ず管理・運営が存在するはずだが、この作品ではそれが全く描かれていない。一般的には問題のあるユーザーがいた場合、運営がBANしたり、犯罪行為に当たる場合は登録情報からユーザーを特定できる。そこが意図的に排除されている。

そもそも細田作品における仮想現実モデル自体が古びている気はする。SNSが飽和状態に達した現代において「誰もがUnkwonなもう一つの世界」という幻想はすでに滅んだ。我々は仮想現実を現実と完全には切り離せないと知っているし、Unkwonが担保された世界の荒みっぷりも既に知っている。

細田守の描く仮想現実はすでにレトロ・フューチャーなのかもしれない。

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